[日本一周]81日目 滋賀 米原~

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9/28 今日は天気があまりよろしくなさそうです。

朝のうちに行けるところ行っておきましょう。

国宝 彦根城

やっぱり人の居ない朝一に来ておかないとと思いまして、来ちゃいました。

井伊家のお城、彦根城です。

江戸時代から残る、現存天守の一つです。

これで現存天守は3か所目ですね。

この石段を上っていきますよ。

ここが特徴的です。

堀切と言いまして、もともと陸続きの地形を堀のようにしたものです。

この橋を進むと本丸となりますが、戦になると橋を落として進めなくなる構造です。

正面の天秤櫓から狙い撃つことも出来ます。

櫓から見るとこの様に見えます。

本丸に進むと出てくるのが天守です。

天守は大きいものではありませんが、屋根にある三角の破風が多く付けられているため、威圧的に見えます。

天守の中に入ってみます。

琵琶湖が見えますが、あまり天気が良くないせいか、霞んでしまっています。

ただ、この景色は初代藩主の直政は見ていないんですよね。

関ヶ原の2年後にあの島津と戦った時の傷が原因で亡くなったと言われています。

庭園の玄宮園からも良い景色が見られますよ。

池、茶室、天守と盛りだくさんです。

ひこにゃんも見ましたし、満足のいく現存天守でした。

米原の七夕

米原の世継地区には七夕にまつわる場所があります。

1つ目の場所が蛭子神社。

七夕石。仁賢天皇の皇女「朝嬬皇女」の墓と言われています。

2つ目の場所が朝妻神社です。

ここにあるのが彦星塚。 こちらは雄略天皇の皇子「星川稚宮皇子」の墓といわれています。

そして、この2つの神社の間には天野川が流れています。

見事に七夕ですね。

古墳時代、二人は恋に落ちましたが、会うこともままならない状態でした。

そのまま二人の恋は実らなかったようで、その悲劇のストーリーが見事に七夕と一致します。

そんな二人ですが、今では恋愛成就の神様として、慕われています。

織姫に願えば彼女ができ、彦星に願えば彼氏が出来るそうです。

米原のちょっとした伝説でした。

秀吉、一国一城の主になる

長浜までやってきました

ここは秀吉とつながりの深い場所ですね。

秀吉は浅井攻めで活躍し、ここ旧浅井家領地一帯を治めることとなりました。

これで秀吉も一国一城の主となりました。

以前まであった浅井家の居城の小谷城は、山城のため防御には適していますが、利便性がよくありません。

そのため琵琶湖畔のこの地に新たに築城しました。

これがその長浜城です。

ここを居城にしている間、武田攻め、中国攻めなど数々の戦を経て活躍していきます。

本能寺の変、山崎の戦いも、ここ長浜に居城していた時です。

お城も秀吉が出世していくのを見届けていたはずでしょう。

おわりに

今日の移動 滋賀県米原市から長浜市

成果 彦根城到達 現存天守312

明日からも天気は悪そうです。

どうするかは天気次第ですね。

今日も1日お疲れさま。また明日。

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