4/26 夜中は雨がかなり強かったですが、東屋のおかげで快眠でした。朝には雨は上がっていたので、今日はちゃんと動けそうです。
再スタート
この道の駅。覚えがあります。
3年前のあの日はここから出発しました。
噴火の土石流の被害家屋がそのまま展示されていて、自然の力ってすごいなと思ったところです。
この山の景色も覚えています。
その日の朝も見た光景です。
さあ現場へ向かうか。
ここが事故現場。
この洋菓子店のすぐ手前で木の枝が前輪に巻き込まれ、そのままロック。そして、自転車ごと一回転しました。
下記がその時のブログ。
3年前はここでチャリは死亡。
帰宅を余儀なくされました。
今日は何事もなく通過。
一瞬気づかずに通り過ぎてしまったけれど。
ここからが本当の再スタート。
岩休憩
通り道にあったちょっとした観光名所。龍石海岸です。
ジオパークとして登録されており、地質的に珍しい場所です。
近くに寄ってみると、はっきりした地層が見えます。
砂のようなものと、砂利のような層が特にわかりやすい。
海側はおそらく雲仙岳の溶岩。
溶岩は固いので削られずに残っていると思われます。
前の旅の時は、和歌山の和歌山の海岸線などでこういった地質関係の場所を見ていたのですが、3年も経つといろいろと忘れてしまいますね。
これからも見て周ると思うから、また学びなおしだな。
キリシタン本拠地
世界遺産、原城跡に来ました。
ここは島原の乱の戦いの場です。
パっと見た感じでかなり広そう。こんなイメージはなかったな。
この、段々になってる感じは、城跡感があります。
本丸がここ。
本丸だけは石垣で囲われていたみたいです。
門のあった感じもなんとなくわかります。
石がゴロゴロ転がっているのは、敗戦後に幕府軍に壊されたためです。
天守代わりの櫓があったところからの眺めは良い天気もあってすごく良い。
天草四郎の像。わずか15歳でこの戦の総大将になるほどのカリスマ性を持っていたとのこと。
またまた崩された石垣。二度と反乱を起こさせないように徹底的に破壊したようです。
キリシタン勢も皆殺し状態で、この戦に運よく参加せず生き延びた人が、離島などにわたって隠れキリシタンとなって潜伏したようです。
つまり、隠れキリシタン始まりの場所でもあったのですね。
当時の情景を疑似体験できるこんなものもあります。
石垣の上に塀もあり、よく見る城郭と同じような状態だったそうです。
島原の乱の時は廃城になっていたとはいえ、立派なお城だったようです。
ここで戦が行われなければ、これが今でも残っていたかもしれませんね。
近くには島原半島のキリシタン文化の繁栄から弾圧までの展示をしている記念館もあるので、原城とセットで見るとより、理解度が深まると思います。
おわりに
今日は海辺でキャンプ
夕方からテントを張れるのはすごく楽。
食料も買っておいたし、ゆっくり酒を飲みながら夜を過ごすことにしよう。
今日も1日お疲れさま。また明日。
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