8/22 朝から晴れて良い天気。
今日は余市観光してから小樽へ行こう。
観光施設が開くまではゆっくりする。
今は獲れないニシン
まずはここから。
余市はかつてはニシン漁で栄えた町です。
そのニシン漁の漁民の生活場所兼加工場の旧余市福原漁場です。
ここが漁夫たちの生活空間。
漁夫は東北などから来た出稼ぎ労働者が多かったようです。
限られたスペースの有効活用のため、床板を外せば食卓になる賢い工夫もあります。
2階が漁夫たちの寝室。
ここで雑魚寝をする感じだったのでしょう。
漁夫たちの生活空間から土間を挟んだ向かい側が、経営者である親方家族の空間。
こっちは畳張りで快適そう。
身分による格差はこんなところにも表れています。
外にあるトイレなんですが、こっちは親方のもの。
そしてこれが漁夫。
格差は明確です。
敷地内には倉庫もあり、当時使われていたであろうものが収蔵されています。
これも親方たちが使っていたものでしょう。
漫画も好きだったようで、いくつもの作品が展示されていました。
この石倉は加工したニシンの保管場
今はニシンを加工するための道具などが展示されています。
ここでは捌いたニシンを干していたようです。
ここから見ると敷地も結構広い。
そんな栄えていたこの漁場も昭和になってからはニシンの漁獲量が減ってしまいました。
そんな時ここの親方は、ニシン漁からりんご栽培に移っていたそうです。
今ではほとんど獲れなくなってしまったニシン。
ただ、その原因の一端を担っていたのもこのような漁場だとするとなんだか複雑な気持ちを覚えます。
様々な役割
次に訪れたのが旧下ヨイチ運上家です。
運上家というのはアイヌと交易などを行っていた場所です。
昔の北海道は米が取れなかったため、アイヌには米や刀などを渡し、代わりに昆布や干しなまこなどの海産物と交換していたようです。
また、役人の宿や奉行所の役割もあったそう。
この一段高くなっている場所が役人たちの部屋。
このように書類を確認したりしていたのでしょう。
ちなみにこういった運上家は道内に85か所あったそうです。
ですが、今現存するのはここ旧下ヨイチ運上家のみとなっています。
それなので当時の状況を知るうえで、歴史的価値のある資料でもあります。
水産?
今度はよいち水産博物館。
水産と名前が付くも、普通に遺跡からの出土品が展示されています。
地域の郷土資料館のような感じなのでしょうか。
それにアイヌ関係のしりょうもあります。
これは余市のアイヌが使用していたシャチの祭具。
基本的に動物は神様扱いだったようですがその中でも、シャチはちょっと特別なようです。
まあ今でもシャチは海の王様的な扱いですしね。
ここがようやく水産ゾーン。
ニシン漁などの漁具が展示されていました。
また、昨日言ったニッカウヰスキーのエリアもあります。
やっぱり郷土資料館だね。
壁画の洞窟
余市最期の観光がここ。
フゴッペ洞窟です。
ただここだけは写真撮影が不可ですので文字だけで。
ここに何があるのかというと、壁画です。
縄文時代から少し過ぎた続縄文文化の遺跡で、その時に岩壁に彫られた壁画を見ることができます。
図柄としてはこのようなもの。
これが岩壁に800点ほどに彫られています。
いままで岸壁に彫られた仏像などは見たことはありますが、こういった壁画は実際に見たのは初めてかもしれません。
はっきりとした目的はわかっていないそうですが、おそらくお祈りなどを行う祭事場だったようです。
それこそ、冬になれば相当過酷な状況でもあったでしょうし、神に祈ることも多かったことでしょう。
さて、これで目的の場所は全て来ました。
宿泊地の小樽まで向かうとしよう。
おわりに
今日は小樽のライダーハウスで宿泊です。
そろそろ電子機器類の充電がしたかったですし、数日後に札幌で友人と会う予定もあるので、ちょっと日程調整も兼ねてゆっくりすることにしました。
夜は一緒に泊まっているほかのお客さんたちと軽い宴会。
中には料理人の方もいていろいろと料理を振る舞ってくれたので、おいしいものもいただくことができました。
明日もまた違いものを振る舞ってくれるらしいのでそれも楽しみだな。
今日も1日お疲れさま。また明日。
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