[日本一周 後半戦]193日目 岩手 北上~

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10/20 朝起きて、天気予報を見る。

夕方から雨か。

それに明日も雨みたいだ。

今日平泉について明日の朝一に刊行することを考えていましたが、これなら今日のうちに行っておいた方が良さそうだ。

平泉といえば

さあ、平泉にやってきました。

平泉といえば中尊寺。

参道を進んでいきます。

参道沿いにはいろいろとお堂が並んでいます。

金色堂だけではないのですね。

ちなみに中尊寺は奥州藤原氏の初代清衡が極楽浄土を願って建てたものです。

戦によって父や妻子を亡くしているので平和を強く願っていたようです。

本堂に着きました。

ここは金色堂とは別。

本尊の阿弥陀如来像も2013年に新たに造ったもののようです。

本堂は本堂で立派。

そしてこれが金色堂。

金色に見えないのは周りを覆う覆堂があるから。

そしてその中は撮影不可。

まあ、だいたいこんな感じ。

これは中尊寺の参道入口近くに有った模型。

全体を金で覆われているお堂。

ただ、屋根は木の瓦で金箔は貼ってなかったな。

金色の外観も良かったのですが、むしろ一番きれいだったのは金色堂の内部。

夜光貝の螺鈿細工が柱などに施されているのがものすごくきれい。

そして驚いたのが金色堂に遺体が安置されていること。

初代から四代目までの遺体が仏像の下で眠っています。

宝物館の讃衡蔵ではこの遺体を包んでいた墨絵や棺も展示されていました。

金色堂のあとは先代の覆堂。

もとは鎌倉幕府が金色堂の保存のために建てたのが始まり。

それまでは金色堂はむき出しで50年近く建っていたそうですが、いろいろと損傷してもいたらしい。

ここでは昭和38年の解体修復作業の映像が流れていました。

これを見てからまた金色堂を見ると細部の装飾が良くわかって良いですよ。

他には義経と弁慶の木像のある弁慶堂などもありました。

中尊寺はこんなもんかな。

義経の最期

先ほどの弁慶堂もあるように、平泉といえば源義経も有名。

義経が最期を迎えたのもここ平泉。

その場所が高館という場所。

ここには高館義経堂というものが建てられています。

この小さなお堂ですね。

義経はこのお堂で自刃したわけではなく、これは江戸時代に仙台藩主によって建てられたもののようです。

中には義経の像も。

髭が生えているからちょっとおじさんっぽい。

義経堂の横には供養塔。

これは新しそうですね。

そして松尾芭蕉の有名な句、「夏草や兵共が夢の跡」もここで詠まれたものだとか。

見晴らしも良い場所ですが、天気はいまいち。

段々と雨が降りそうになってきた。

三代目の極楽浄土

宿泊場所に戻る途中にもちょっと寄り道。

無量光院跡という場所。

今日最初に行った中尊寺は奥州藤原氏の初代清衡が極楽浄土、平和を願って建てたものでした。

そしてその思想は子や孫にも受継がれています。

この無量光院は三代目の秀衡が極楽浄土を願って建てたところです。

ただ、今はもう建物はありません。

この池の先に平等院のようなものがあったそうです。

イメージはこんな感じ。

実際、本当に平等院を模して作ったみたい。

奥まで歩いていくと建物のあった痕跡はわかります。

痕跡を見て建物は想像します。

礎石もあるのでなんとなくイメージはできます。

近くには秀衡の住まいの跡地もあります。

ただ、頼朝に攻められて荒廃してしまったため、今は見る影もありません。

でも頼朝は中尊寺は大事に護ったんだよね。

なんでだろう。

おわりに

今日は平泉の観光をしましたが、まだいくつか見たい場所は残っています。

明日は今日以上に天気悪そうだし、連泊になるようなら雨でも楽しめそうなところをもうちょっと周ってみてもいいかな。

天気ならそれはそれで良いし、どちらにしてもなんとかなるか。

今日も1日お疲れさま。また明日。

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