[日本一周 後半戦]192日目 岩手 盛岡~

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10/19 今日もそんなに寒くないな。

天気もまあまあ良さそう。

今日は盛岡でちょっと気になった場所行ってから南下しよう。

田村麻呂

神社に着きました。

名前は大宮神社。

盛岡で最古の神社だそうです。

ここを建立したのは坂上田村麻呂。

先日北上川の源泉で見かけた名前。

蝦夷(えみし)討伐の戦勝祈願として建てたもののようです。

ただ、これといって見るものは無いな。

強いて言えばこの大きなモミの木ぐらいか?

樹齢は600年ほどでかなり大きい。

ここでは時間つぶせなさそうだし、さっさと次に行くか。

古代の城

大宮神社から少し西にある、志波城跡に来ました。

ここも田村麻呂が建てた城。

大きな門と土壁です。

壁は一辺840mと広大。

これが四方を囲んでいたそう。

壁の上には櫓も見えます。

こちらも60mごとに建てられていたようですね。

そして大きな門。大手門のようなものですよね。

門をくぐった先には広大な敷地。

竪穴式住居もあります。

これは兵士が住む住居で、城内に1200から2000棟くらいあったようです。

さらに門があります。

ここからが政庁で本丸のようなもの。

城といっても役割としては役所のようなものだったらしい。

時には貢ぎ物にきた蝦夷達を宴会でもてなしたりもしたそう。

武力で支配するだけでなく、友好関係も築いていたのですね。

北の端まで来ましたが、実際はもっと奥まで城は続いていたそうです。

ただ、洪水による被害のため実際にここを使われたのもたった10年ほど。

立派な城なのに、実に短い期間しか使われなかったのか。

城跡はどこ?

盛岡を出てからは花巻に。

城に行っておけば安定と思ったら何だここ。

小学校のグラウンドだ。

ちょうど着いた時には昼休みの時間だったのか子供たちでごった返していました。

一応ここも城跡。

そして幼稚園。

こんな感じなので道を間違えたかと思いました。

本丸入口を見つけました。

やっと城跡らしさが出てきました。

そして門。

見た目はそれなりに古そうだったので、見ていた時は現存のものかと思っていましたが、復元されたもののようでした。

本丸はこんな感じ。

奥では本丸御殿の発掘作業をしていました。

そしてこちらにも門の跡。

こちらは城内の使用人などが使い門で、先ほどの門が城主専用のものだったようです。

堀も少しだけ残っている。

本丸付近で見られるのはこれくらい。

ちょっと離れた市役所の隣には大手門の跡も。

ちょうどこの道路をまたがるように建てられていたのでしょう。

時を報せていた鐘。

もともとは盛岡城で使われていたのですが、小さくて音量が足らないということで取り換えられてしまったもの。

こういろいろ見てきましたが、やっぱり全体的に街に飲み込まれてしまい、城跡らしさは少ないですね。

そのなかでも花巻城で唯一現存する建造物はこれ。

今は神社にある円城寺門。

もともとは別の城の城門だったようですが、花巻城の搦め手に移築されたものです。

最後にもともと門のあった場所にも行ってみましょう。

左に折れ曲がっている道路が搦め手。

近くには千本カツラという木も。

変わった木も見たからこれで良いか。

おわりに

花巻城の後には宮沢賢治の有名な詩「雨ニモ負ケズ」の碑がある場所にも行きました。

というか近くで声を掛けられて連れてこられたという感じです。

宮沢賢治関係の観光政策などに不満を持ったちょっとアウトローな感じの方。

事実と違う展示をされているなど本当かどうかは分かりませんが、いろいろと説明をしてくれました。

でも、そのおかげで宮沢賢治にちょっと興味を持ったので、これから調べてみてもいいかも。

時間あるときに見てみるか。

今日も1日お疲れさま。また明日。

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